今回の展覧会の英訳タイトルは、経済思想史家のRobert L. Heilbroner の著書、『The Worldly Philosophers: The Lives, Times And Ideas Of The Great Economic Thinkers(入門経済思想史 世俗の思想家たち)』から影響を受け、『The Worldly Philosopher's Room』としました。Worldly(俗っぽい) Philosophers(思想家・哲学者)という言葉遊びは、経済学者を暗示しています。
2010年8月。中之条ビエンナーレに参加するために、私は2泊3日の下見旅行にきました。同じ年の3月28日、中之条町は六合(クニ)村と合併し、中之条町が16,846人、六合村が1,736人で計18,582人の新しい町になりました。 面積は439平方キロメートルで群馬県内4番目の広さ、ローマ教皇の住むバチカン市国の約10倍の面積です。
中之条地区も田園風景が広がる緑豊で、明治時代には栄えていたであろうことが忍ばれる建築物が点在する素敵な町ですが、六合地区は現代にはどうしても必ず存在してしまうスーパーやコンビニまでも風景が拒否をした、まるで映画のセットのように時代が止まってしまったような静かな佇まいをしていました。
六合村の由来となっている、六合(クニ)とは「東西南北と天と地」が合わさる領域(つまり全ての空間)が国になるということから六合という漢字をクニと呼ぶようになりました。天と地を取り巻く環境というのは、なんなのでしょうか?宇宙の外側を考えるような物質から解放されている信号の世界。
六合には、今は使われていない別荘があります。展覧会場の候補の一つにあげられていたその別荘には、かつて学者が住んでいました。その学者はまだ生きています。すでに何年も使われていない別荘には家具だけで、本の類は置いてありませんでした。その学者は哲学者だと聞きました。どんな系譜の哲学を専攻している人なのだろうと少し気になり、名前を教えてもらって家に帰って調べました。
某国立大学の名誉教授だということと苗字しか教えてもらえませんでしたが、今も活躍している偉い先生ならきっとすぐにわかるだろうと思い、インターネットで検索をかけました。しかし一向にそれらしい人はみあたらず、某国立大学のサイトなども調べましたが、結局わからずじまいでした。
しばらくして先生のフルネームと肩書きをスタッフの方が調べてくれました。苗字はあっていたものの、大学名と肩書きは違いました。哲学者ではなく、経済学者でした。下見のときに複数のスタッフから、「某国立大学の哲学者の先生」と共通の知識を教えてもらっていましたが、それはそうであろう(その方がいい)という記憶から出た言葉でした。
人は物事を記憶するときに、覚えやすい『符号』に変換して脳に『貯蔵』します。学者という符号を記憶にしまう時に、肩書きは経済学者から哲学者になり、大学名は有名私立大学から有名国立大になりました。特にそれは珍しいことではありません。私はその「記憶のしまい方」に興味を覚えました。
普段は使わない記憶、普段は意識しない風景に影響されて、人々の生活は営まれています。意識は氷山の一角にすぎません。何気ないノイズのような仕草や感覚が集積されて、人々の生活は営まれ、それが街の輪郭を少しずつかたどっていきます。はっきりとした輪郭ではなく、それは襞(ひだ)のような輪郭です。現象と主体をはっきり分けることができないように、人々や街を形作る境界線も分けることができません。分離と調和は同じゆらぎの中にあります。
Robert L. Heilbronerは、Economist(経済学者)をWorldly Philosophers(俗っぽい思想家・哲学者)と言い換えました。中之条の人々の意識の中からWorldly(俗っぽさ)は無意識へと沈んでいきました。そして。経済学者が住んでいた別荘は、いつの頃からか哲学者の別荘としてみんなの記憶の表側に現れました。街の人々の想像や生活の中から、哲学者の部屋は現れ、風景に溶けだしました。
哲学は紀元前からあり、当初は学問一般のことを指しているほど古い学問である一方、「経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスは18世紀に誕生していることからわかるように、経済学は比較的新しい学問です。みなさんご存知の通り、産業革命が起こり、市民にとってモノの価値をどのように生産し、分配していくのかが重要になってから生まれた学問です。
Robert L. Heilbronerは、市民という概念が定着してから生まれた学問であり、市民が生まれたことによって必要となった学問(*1)なので、経済学を俗っぽい哲学という言葉遊びで表現したのだと思います。それは蔑称ではなく、親しみを込めた別称です。私は中之条に溶けている、Economist ではなくWorldly Philosophersの部屋を探し続けることにしました。別荘を持っていた経済学者を「哲学者ではなかった!」と指摘するのが目的ではありません。もちろん学問の違いを強調したい訳でもありません。
(*1)モノの価値の交換、生産は市民が登場する前から貴族や大名などの間で存在していましたが、社会全体を動かすシステムとして構築され、それを系統だてた研究する必要が出てきたのは市民の登場によるものと考えます。
特に言葉で確認することなく生まれていく合意が集まって、街は風景を作って行きます。目に見えること全てに意識を働かせて、他者と合意しながら生活はできません。私が気になったのは、哲学者でも経済学者でもなく、特に確認せずに生まれる風景、その行程です。
その行程は見えないストロークとなり、街の輪郭を描いてゆきます。
みんながそれぞれ自分勝手な街を描くのではなく、それぞれの中に他者がいて、その他者と自分とのバランスでストロークが描かれてゆきます。他者は身勝手な他者ではなく、公平な視点をもった他者です。
アダム・スミスは『道徳感情論(The Theory of Moral Sentiments)』の中で、『公平な観察者(impartial spectator)』という言葉を使っています。実際にいる誰かではなく、その人の中にいる絶対的な他者、その他者の視線に耐えうる言動により社会はある種の秩序を形成していくのです。それはイデオロギーといった方向性を持ったものではなく、「村の掟」といった閉鎖的なルールでもありません。
私たちは何も知らず、哲学者の部屋を探しています。人々の記憶が歌となり、中之条駅前の通運ビルからバスを走らせます。今回の作品は、バスツアーに参加することで体験できる仕組みになっています。バスの中や見える風景にしかけを作りました。種明かしになってしまうので、バスツアーの詳細については、ここでは書きません。バスツアーに参加しなくても、体験できるものも点在しています。
◆ 通運ビル裏のピロティ
ここから、始まります。ここで、終わります。いつもいるのは、保護者の迎えを待つ高校生や大学生、日陰で休みながらおしゃべりする中学生、親しくなりたいと思っている男の子と女の子が、少し距離を置いて座る場所。そんな場所に今回はバスツアーを待つ人々と、インフォメーションセンターを見る観光客が加わります。街の始まりの駅前のビルの裏に、impartial spectator(公平な観察者)の文字を描きました。街の音や記憶の声が流れていきます。ゆっくり座ると、記憶の森が見える時があります。視線をずらさないと見えない風景です。ビルの階段にも音を巡らせました。登っても何もありません。扉の向こうは、アスベストが舞う空間なので、扉を開けることはできません。
◆ Tumuji
総合インフォメーションセンターにもなっているTumujiは、ビエンナーレとは関係なく日常的に人が集う空間です。中央の芝生には子どもたちが走りまわり、大人たちは青空市場やダンスの練習などをしています。リチャード・セネットの『公共性の喪失』には、“18世紀の都市においては、公的な場における服装や立ち居振る舞いを見れば、その人がどのような人間であるかがすぐに分かる仕組みが出来上がっていた。18世紀の中頃より、パリとロンドンでは、社交活動の一つとして街を歩くことが今までになかった重要性を獲得し、人々はこの時代に整備されるようになった公園という場所を歩き回った(pp.126-127)。…略…1750年代の演劇においては、観客が俳優に混じって舞台を練り歩き、友人に手を振るといった光景が日常的に見られたのである(pp.113-114)。”と書かれています。喪失してしまった公共性を再獲得するチャンスを孕んだこの場所では、毎週土日にニコニコ生放送というインターネット中継を行います。そこで放映される風景に登場する人々は、観客と俳優が一人の中で入れ替わります。それを見ている私たちでさえ、そうなってしまう空間です。
◆中屋
月見橋の先に中屋があります。中屋には階段があります。階段の下には窓があります。窓の外には川が流れています。川の名前は四万川。私たちはこの風景に名前をつけました。名前には音と文字があります。この風景の名前には文字がなく、音だけがあります。呼ぶための名前ではなく、聴くための名前。それは名前とはいわず、音楽というのかも知れません。
◆五反田小学校
五反田小学校の裏手には小径があります。片側は林でもう片側はツル植物で覆われています。小径をぬけると、不思議な木たちが佇んでいます。その先には神社があります。聞こえるかな。たぶん聞こえない。時々聞こえる。あのツル植物の名前はなんだろう。もうそろそろ食べられるかも知れない。聞いてみてください。
そして今回彼らがいなければ、作品は完成しませんでした。ありがとう。
街の人々を紹介してくれた、あがつま御縁屋の岡安 賢一さん
ニコニコ生放送を通して映像を担当してくれた、ウエストホーク・AD西やんさん
音だけでなく共同制作者として参加してくれた作曲家、松島俊哉さん
それでは、よい旅を。
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